心を軽くしたいエッセイ

今日もいいことは、起こる。

ネガティブなまま思考停止で”タイピング”をやろう

 

 

一年も半ばを過ぎた梅雨時。いかがお過ごしでしょうか。

 

雨の日が多いと気持ちもドンヨリしがちで、気圧や湿度もあり体調が優れないこともありますね。

五月病というのがありますが、6月もなかなかに不調になりやすいのではないかと感じます。

 

何もやる気が出ない、やらなきゃいけないことややりたい気持ちがあっても気力が出ない、気分がふさぎがち、やたらとマイナス思考になりがち、わけもなく憂鬱…etc

それも出口が見えないような八方塞がりのような気持ちになって、自分でもどうしてこうなるのか、どう対処したらいいのかわからなくて気が遠くなったりします。人にも分かってもらえず、自分でも分からない。それが本当にキツいんです。

 

そんな憂鬱・無気力なときの解消法とは?

 

憂鬱・無気力なとき、どうしたら?

ネガティブを責めず、自分にポジティブを強いるのをやめてみる。

無理やりポジティブになろうとしない。

少し気分が落ち込んでいるときに自分で自分をポジティブに上げられる場合は良いのですが、なんとか前向きにと努めても、それでも力技の根性論ではポジティブになれない時というのはあるものです。

そんなときの「ポジティブ」は北風と太陽の「北風」の状態にあたります。

それはいくら前向きな思考や行動であっても自分自身がどこかしら、何かしら「(無理やりポジティブにならなきゃいけないことに)耐えている」ことになります。なので、自分に無理やり不快な状態を強いるのはやめてみるのがよいかと思います。

そして、ネガティブになってしまうことを責めず、ネガティブな状態でいることに焦らないようにしてみましょう。

 

でも、ネガティブな状態でいることも辛い…

そうは言ってもネガティブというのはなりたくてなっているわけではありません。(無意識に悲観的な思考がクセになっていたり、どこか快感を覚えてしまっているというケースはあったりします)

そんな時は、思考停止。もう考えることをやめちゃいます。でも「考えたくなくても考えてしまう!」んですよね。しかも悪い思考は働く割に、肝心な論理的な思考や建設的なことはパッと思い浮かばない。なにをどうするにもやる気はない。

そんな時にこれから書くことをもし気が向いたらやってみてもらえたらと思います。

 

 

ネガティブに効くのは「思考停止」

 

自動思考を止めるタイピングゲーム

「没頭」「集中」がカギ

全然やる気がなくても大丈夫です。高スコアを目指さなくてもOKです。間違えまくっても全然いいんです。うつろな目のままPCの前に座って検索窓で「タイピング」と入力して、適当にタイピングゲームをしてみてください。おすすめは【イータイピング】です。

こちらからもいけます。↓

インターネットでタイピング練習 イータイピング | e-typing ローマ字タイピング

 

文章や単語を無心で入力するというのは案外アタマが空っぽになります。

指定された文字を入力しないと進まないので「がぽ4hぱとぽgrぺgdgdっlfd;sjwpうぇお」などと指を適当に動かしてタイプするのとは違います。

また、同じ”タイピング”という行為をするにも、普通にワードなどで好きな文章をまるまる書き写したりして作成するというのも一つの方法としていいのですが、何かを写すための別媒体に目移りしたり、知っている文章だからこそ感情を持っていかれることもあったり、それはそれで「思考を停止」させるという点では妨げになる部分もあります。

そして、さらに良いところは漢字やカナ変換もなくスムーズにただ「かな」を打ち込むだけなのでその辺のストレスもありません。(漢字変換はすぐに探し出せなかったりしてなかなかストレス)

自分の頭で文章を考えることもないですし、感情を動かさなくても済みます。いつの間にか没頭、集中している状態になるのが自動的に湧き上がる数々の「思考」を忘れるカギになります。

 

無意識に目に飛び込んでくる言葉の質

イータイピングをおすすめするもう一つの理由が、「言葉の質」です。

イータイピングには色々な文章内容のジャンルがあり、それも単語のみ・長文のみなどタイプする量もさまざまです。

サイトの「タイピングバラエティ」の中にある[なんだろな?]のジャンル内、[元気が出ることば]に出てくる文章なども、気持ちが明るくなる言葉が多々ありオススメです。

「さっき無理矢理ポジティブをやめる話してたのでは?」「感情入れなくていいっていうのは?」となるとは思うのですが、ちょっとお話しさせてください。

これに関しては、自動的に文字を打つだけです。例えば仮に体育会系な「何事も挑戦!」のような文章(※例えで実際の文章ではありません)、こういうのが出てきても感情までそこに照準を合わせる必要はありません。

ただ、タイピングすることにより、自分の指でことばを打ち込み、それが無意識的にでも直接脳の回路には入ります。

実際に、気力もなにもないまま朦朧とした状態で無心でパチパチ入力している中、ほとんど記号に近いような、ただの形だけだった文字のかたまりがある瞬間「言葉」として自分の中に入ってくる感覚。その言葉が気持ちにそっと触れる手がかりになることもあり、ぼーっと眺めていただけの内容にハッとしたという体験が私にもありました。

 

 

思考停止と同時に自然と「よい言葉貯金」を

言葉そのもののちからというのは案外すごいものです。

感情や思考は一旦停止して、まずはアタマを空っぽにする。そしてその空っぽにした状態で、いったい自分はどんな言葉に反応するのか。

アンテナは張らなくても大丈夫です。感情は無のままでけっこうです。必要な言葉は無意識にスッと自分の中に入っていきます。

ただでさえ辛い状態の時に自分を縛ったり強制するような言葉に振り回される必要はありません。しかし「よい言葉」というのはときに救いとなります。

その琴線にふれる言葉の内容自体は人それぞれだとは思いますが、どうせ作業としてやるのなら質のいい言葉を取り込みたいものです。そしてそんな言葉たちの貯金が、自分でも思ってもいない無意識の、潜在意識下で助けになってくれます。

 

 

これを読んでくださっているあなたの心に平安が訪れますよう。

呆然として、憂鬱で、気力がわかなくて、ずっとこのままなんじゃないかと不安になったり焦ったりすることもあるかもしれませんが、きっと、じきにいろんなことが良くなります。

これまであなたはあなたに助けられ、他でもないあなた自身がこれからもあなたの助けになってくれます。

どうか安心の気持ちで包まれていてください。

 

 

もものき

 

 

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あなたの辛さはあなたのものでいい


こんにちは。

近頃どのようにお過ごしですか?

幸せですか?楽しいですか?悲しいですか?

 

毎日生きている中で色々な感情があると思います。辛い思いだったり、悲しい思い、怒り…

 

マイナスと思われる出来事であっても、これこそ人間ならではの生臭い感情であって、

生きているからこそ感じられる面倒臭さでもあるなぁと感じたりします。ネガティブな感情であっても、生きているからこその贅沢な体験のひとつです。

 

とはいえ、進んで嫌な思いを感じたくはないという方は多いと思います。たしかにどんな経験も無駄になることはないかもしれません。無駄にはなりません。結果として活きると思います。

 

しかしそうできるのは、その出来事のあとの自分の管轄であって、時が自分の気持ちを癒してくれたあとに、ようやく自分自身の解釈であったりこれからの未来への生かし方により清算させるものだという風にも感じます。

 

嫌な気持ちそのものを喜んで経験しにいくことはしません。

出来ることなら幸せをめいっぱい感じる日々でありたい。少なくとも私はそう感じます。

 

そんな中でも生きていると色々あるとは思いますが、辛い思いや悲しい、苦しい思いをしている時に

「辛いのは私だけじゃない。みんな辛いんだ。」

という事をおっしゃる方もお見かけします。これに関して言いたいことは、

 

「あなたの辛さを誰かと比較しなくてもいい。」

ということです。

 

みんなが辛いこととあなたの感じている辛さは、一切関係ないのです。一切です。たとえみんなが辛かったとしても、その辛さが自分だけじゃなかったとしても、「あなた」が辛いと感じていることに変わりはないのです。

誰かとそれを比較して「このくらいの程度で私が辛いなんて思っちゃいけない」「弱音なんて言わずにもっと頑張らないと」などとは、どうか思わないでください。あなたの辛さはあなたのものでいいのです。

 

世界中他の誰も関係ない、あなただけのもので、あなただけが感じているのです。真っ先に、何を差し置いても、まずは自分を大切にすることを最優先してください。

そして、誰にも何にも罪悪感を抱くことなく、休んでください。寝てください。美味しいものを食べてください。遊んでください。ダラダラしてください。

 

合理性など考えず、生産的にならずに非生産的になってください。まずはあなたができる限り「辛くない」と感じる状況に身を置いてください。辛くて自分の気持ちに手をつけることができなければ、自分の気持ちには触れないで、ただただ自分が心地よいと感じる環境に身を置くことを第一としてください。

 

泣きたければ泣き、笑いたければ笑い、何も感じたくなければ何も感じなくて大丈夫なのです。

 

あなたの辛さはあなたのものです。

自分が「辛い」と感じていることを大きく受け入れてあげてください。「辛いと感じてもいい」と許可を出してあげてください。他の誰のことも気にせずに。自分を一番に大切にして、時を味方にしてください。

 

あなたの心が穏やかに、幸福に包まれる事を願っております。

 

 

もものき

 

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運の正体は?

おはようございます。

 

本日は天赦日、大安、立冬と、とてもミラクルな開運日らしいです。

こういうことを聞くと、よくわからなくても何だか嬉しくなったり、何かいいことがあったりするんじゃないかとワクワクしたりしますね。こういった情報をモチベーションに何かを始めたり、手付かずだったものに取り組んだりするきっかけにするのもひとつです。

 

何事も、信じるか信じないか、良いか悪いかというより、その出来事や事柄を自分のモノにできるか、あるいは自分にとっては良いモノなるきっかけにできるかだと思います。運の良い・悪いなどど言われることもここにあるんじゃないかと感じたりします。

 

何事も自分中心に考える。それは人の気持ちや周りの状況をないがしろにするという意味ではなく、「自分は」どう思うか、「自分は」どう感じるか、「自分にとって」はどう活かせるか、というふうに自分軸を持つということになります。

生活する中で目にする、耳にする、さまざまなことを自分にとって良いことになるきっかけにしてしまう。もしも今まで自分にとって良くない影響を与える捉え方を自分でしていたなら、捉え方を変えて見てみる、聞いてみる、考えてみる。

 

自分の感情を無理に変えようとしたり、無理にポジティブ思考をしてカラ元気に振る舞う必要はありません。ただ淡々と、違う角度から物事を見てみる。その時感じている感情とは別の視点で見れないか、状況として考えてみる。感情は一度置いておくのもひとつのコツです。

自分は「嫌だな」と、気持ちの面では感じていたとしても、「こういう考え方もできるな」「こういう捉え方をする人もいるんだろうな」とぼんやり思う程度でOKです。違う捉え方もあるということを認識できるだけでとってもすごいことです。

自分が感じている感情にいつもいつでも振り回される必要はなく、嫌な感情、辛い感情、苦しい感情に支配されず、それが自分が感じたい感情でなければ、自分で自分が感じたい、好きな感情を選択してもよいのです。

さまざまなことを自分にとって良いモノとして吸収できるようになっていく第一歩。

「自分にとって良いモノにできる捉え方」

それが「運が良い」と言われることの正体のような気がします。

 

自分にとって良いこと、感じたいこと、心地いいこと、

それらを一粒一粒選択して、摘み取ってゆくように自分のモノにしていければ良いなと思います。

 

みなさまの1日がそれぞれにとって素晴らしいものとなりますよう。

 

 

もものき

【小話】人と会うのが怖いと感じたら

 

皆様、お元気にお過ごしでしょうか?

毎日ひとりひとりの日々に色んなことがあり、その度に色々な感情を感じると思います。

人間なので良い気分の時もあれば嫌な感情が湧いてくるときもあると思います。その事はまったく悪い事でもなく、自分の感情をそのまま「自分はそう感じているんだな」認識してあげるのが大切です。

 

しかし、止まらない感情、気持ちもあると思います。それが良い感情ならよいのですが、嫌な感情であった場合は自分が苦しいので、「嫌な感情を発することは悪いことだ」とは思わず、それは認めつつもまずは何より自分をラクにさせてあげる意味で、その感情から解放させてあげます。

 

嫌な感情の一つに「人に対するもの」もあると思います。嫌な人に対する怒り・嫌悪・恐怖・威圧を感じる時。それらの感情的を感じた時の対処法の小話です。

 

 

バリアを張って自分を守る

あの人に会う時に嫌なことを言われそうだなと事前に感じている時。もしくは、そう感じなくてもその人のことを考えるとモヤモヤしたりどんよりした気持ちになったり、会うことが億劫な時…

そんな時はその人と会う前にバリアを張ります。自分の周りに白いヴェールのような膜を張るのです。「いきなり飛んだ話がはじまったぞ」と感じた方もいると思います。確かに文字で見ているとそう感じます。

こんなことをやったところでどんな効果あるんだと感じると思いますが、でも、これは私がやってみて効果があった方法なのでこちらで紹介させていただきます。案外本当に効きます。

では、どのようにバリアを張るのでしょうか?

 

バリアの張り方

①白い光をイメージします。これはたまたま私が試してみた時に白にしたからですが、それも適当にフッと浮かんだものです。特に何の意味もありません。あとは金にすることもあります。これは自分がそのときに浮かんだ色で良いと思います。

 

②その色が強く発光しているのを想像します。とにかくすごい明るさで自分を取り巻いています。あまりに眩しすぎて向こう側(相手がいると仮定して)が見えないくらいの発光具合です。

 

③そうして、その相手と会ったり、会わずともその人を思い出して嫌な気持ちになりそうになったら①②を実行して、光を強くイメージします。相手が何を言ってきても、嫌な雰囲気を醸し出してきても、その光を通して自分のところに入ってくることはできません。バリアが完全に弾きます。

威圧的で恐怖を感じたりしたら、その感じた度合いに応じてバリアが強く発光するのをイメージします。

 

イメージの力は馬鹿にならない

こんなことで?と思うかもしれませんが、これに限らずイメージの力とはとてもすごいものです。馬鹿にはできません。自分のイメージの力を信じてみて、少しでも気になった方がいらっしゃればやってみてください。

 

あなたの心が軽くなり、心地よく過ごしていけますよう願っております。

 

 

もものき

 

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言われた言葉は感じなければ無効。


誰かの言葉に傷ついたり、何かいやなことを言われたり、心無い言葉を投げかけられたり…そんな経験は誰にでもあると思います。

そんな時はこちらが反応しなければ、自分の中に入ってくることはありません。無効になります。というお話です。

 

投げかけられた言葉の選択肢

受けとるか受けとらないかは、「言われた側」が選択できる

いやなことや、傷つくことを言われた瞬間はウッと苦しくなったりショックでうろたえてしまったりすると思います。辛いです。苦しいです。しかし、発する言葉の選択は相手にありますが、それを受け取るか受け取らないかは、「言われた側」である自分が選択できます。

言葉というのは発した側がその言葉に意思を持っていると思いますが、それとはまた別に、それらを聞いて、読んで、何を感じるかという意思は受け取る側にあります。

相手が何気なく言葉を発する場合もありますが、その言葉の意図が善意であれ悪意であれ、心に受け止めるか受け止めないかは、自分がどうしたいかによって選ぶことができるのです。

 

言われた言葉を「無効」にできる

かけられた言葉は、こちらが感じて受け止めなければ「無効」になる

相手が発した言葉を消すことはできなくても、自分の中で無効にはできます。

これは人の話に聞く耳を持たないということではなくて、相手の話に耳を傾けた上で、自分がどう感じるか、どう受け取るかは自由であるということになります。

そしてその言葉がもし、あなたをひどく傷つけるようなものであったり、不本意であったり、たとえそれが善意であったとしてもあなたを縛りつけたり、悲しい思いにさせるものであったなら、それらの言葉を自分の中にわざわざしまっておく必要はないのです。閉まっておくどころか、心に入り込ませなくてよいのです。

「私のためを思って言ってくれているんだから」「その人が好きだから」「恩があるから」などの理由で「辛くても受け止めなければならない」と思い込んでそれらの言葉を大事に心に置いておくというパターンはしばしばあります。これはやっぱりその人が大切だからこそ、ということでもあります。しかし、人と言葉は別です。分けて考えます。

その人が好きな人ならば、大切な人ならば、何であってもすべてを受け取らなければならないという決まりはありません。相手と自分は別の人間で、そのまま丸ごと誰かの言っている言葉が自分に当てはまるということはなかったりもするのです。なにもよりも、まずは自分の心の反応を一番に見てあげてください。

耳では聞いても、心では受け止めない。受け止めすぎない。

しかし言葉にはどうしても感情が反応してしまいます。

では、そもそもどのように受け止めないようにするのでしょう?

 

キャッチボールで例えると…

コミュニケーションのことを「会話のキャッチボール」とはよく言われますが、それを例にすると、

 

ボールを投げる(言葉を投げる)→ボールをキャッチする(言葉を受け取る)

 

このように、物理的にボールとして見た時、相手から飛んできて自分の手元に”ある”時点でボール(言葉)は相手の手のうちからは離れています。つまり、この段階でもう相手のものではないのです。管轄外です。

言葉(文字ではなく)というのは目に見える形ではないので抽象的であり、そして感情にダイレクトに入ってくるものではありますが、このように「モノ」として置き換えてみると少し気がラクになるところがあると思います。

たくさんの考え方があり、そのうちの一つのものの考え方とはなりますが、このように物理的に考えてみることも有効です。

 

あなたという人間の尊厳

何を言われたとしても、相手の意図がどうであっても、あなたという人間の尊厳に少しでも抵触する言葉であるなら、その言葉を心に入れ込む必要はありません。

耳から聞こえてしまうものは仕方がないのですが、心にはバリアを張る。そうすると、冷静になれます。

 

言葉はとても素晴らしいものです。

誰かの言葉によって心を救われたりもするし、安心できたりもする。人生の中でとても大切な言葉になりうることもある。

言葉というのは本当に尊く、それでいてひどく人間くさい。それもすべてひっくるめて愛すべきものです。良くもわるくも、とても力のあるものだと感じます。「言霊」といわれるものも、太古昔からそのような言葉の力を実際に体験し、実感したところから脈々と言われ続けている事柄だと思います。

 

しかし、そんな「言葉」というものを大切にしながらも、振り回されすぎず、外からの言葉によって自分の大切なものをおびやかされないよう、守っていきたいとも感じます。

 

あなたはあなた自身で自分を守ることができ、大切にすることができます。誰かの言葉であなたらしさが失われることがないように。

言葉を大切にしながらも、どうかあなたがあなたという人間を大切に生きられますよう願っております。

 

 

 

もものき

 

 

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「1日1拭き」で心もスッキリ

 

毎日忙しい日々を送っているとなかなか隅々まで掃除が行き渡らないこともあります。「部屋は心の状態を表している」と言われることもありますが、そういった面もあるのは確かだと思います。

そして、一気にまとめてやろうとするとこれが結構大ごとになったり、本腰入れてやらないといけなかったり、あらゆるお部屋や箇所で細かな掃除・手入れが発生するのでそういった負担を考えると余計に取り掛かるのが億劫になります。

そこで「1日1拭き」を生活に取り入れていくと、多少なりとも積もり積もってゆく負担を日々減らしていけるかと思います。

 

1日1拭きとは?

「1日1拭き」は、《1日に1つ拭き掃除をする》ということです。単純なものです。ちょっとしたことでOKという気持ちでやります。

 

年末の大掃除がよい例ですが、こういったちいさな日々の手入れのおかげで頑固な汚れが多少マシになって、一気に大掛かりな掃除をやる際に時間も手間も省けるようになります。そうすると、普段掃除をするにあたって重い腰も、心身共に負担が減って流れるように生活の中の作業に組み込んでいけるかと思います。

ハードルをあげるととりかかりにくいものです。とにかくハードルを下げることがポイントです。なので、テーブルのほこりをサッとはらう程度でも「1日1拭き」は十分です。

「1日1拭き」1番の目的とは

洗面台を1拭き、コンロを1拭き、シンクを1拭き、冷蔵庫を1拭き、床を1拭き…

どこでもよいです。時間も気持ちも負担にならない程度で少しずつクセ付けていきます。これは先ほど書いた積もり積もってゆく掃除の負担を減らしていけることはもちろんですが、気持ちをスッキリさせることがメインの目的です。

 

小さな行動を起こし、物理的に綺麗にすると気持ちが連動しやすいのです。1拭きして綺麗になった箇所を見て清々しい気分にもなりますし、やっぱりお部屋のキレイは心に反映されて、気持ちも整います。小さなことでも心地良い空間づくりに繋がってゆきます。

当たり前のことと言えば当たり前のことなのですが、こういう当たり前がなかなかできない時もあったりします。

なので、これをやったあなたはその日一日で十分過ぎるほどとても素晴らしい行動を起こしています。

大切なのは行動を起こすこと

小さなアクションはあなどれません。このようなちょっとしたことでも実行した自分を褒めましょう。

ウェットティッシュ1枚で済むので、ぜひ試してみてください。

 

あなたが気持ちよく清々しい気分でいられますよう。

 

 

 

もものき

 

 

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イメージの力って大きい



イメージの力ってやっぱり大きなと感じます。

想像・空想・妄想…

私は、自分が感じたい感情になれるイメージをよくします。そうすると本当にそうなったりします。

 

引き寄せの法則など、「ああいうものは信じにくい」という人もいると思いますが、そもそも信じたり疑ったりというより、引き寄せるも何も考えずに、ただ、【自分が"思いたいこと"を自由に想像するだけ】という感じです。

信じる=期待する

ということでもあると思うので、信じたり期待するためにやるのではなくて、ただ自分が嬉しくなったり気持ちが楽になったり、機嫌良くいられるためにイメージします。

ここで言う【イメージする】は信じるとか希望を持つとはまた別の感覚でやっているのです。「叶えたいから」「こうなってほしいから」という損得勘定ではなく今そうしたいから、する。

今イメージしたら、今の自分が心地よくなるから。

「こうなりたい」という方向性でイメージをするより(それも良いです)その時の自分に最善の処置をする為にイメージや想像をする。その瞬間の自分をとにかく癒す、穏やかにする、守るためにやるという、いわば処世術のような感じでやってきたところがあります。

 

不安でどうしようもないとき。

手のつけようもなくどうしようもない時ほど、イメージの力で心を少しでも安心させるのです。目の前の現実で混沌として不安で真っ暗になるなら、自分の中でないものを作り出して癒す。

 

考えたり、想像したり、妄想するのは自由ですから。そしてバレない。ここがとっても良いところです。なかなか心に素直になりにくい・心のクセみたいなもので少し難しいときもありますが(そういう時があってもいいんです)、自分のイメージの中では何も気にせず自由になっていいんです。人目を気にせず、「こうしたらダメ」などと思わず。

 

そうすると、思いもよらず色んなことが良くなってくる時があるんです。ぜひ自分の中から自分を満たしてあげてください。

自分という容れ物を本当の意味で満たせるのは自分しかいません。外からはどうしても入れられない容れ物。それが自分です。

幸福は外から入れられません。

 

幸せでいてください。

 

 

もものき

 

 

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